2017年3月13日

連載その61 3月のテーマ「逃げる絵本」

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逃げるように去ってしまった
2月の背中をせつなく見送りながら
ぼんやり「逃げる」ことについて考えていました。
(ああ、こんなことしてるから、逃げるのか…)

すると、絵本の中の逃げる名場面が
ぽこぽこ浮かんできましたよ。

「逃げる」って、
大人にとっては恥でも役に立つそうですが、
子どもにとっては恥じゃありません。
生きるのにすごくたいせつな力です。

だからこんなに面白くて深い「逃げる絵本」が
昔からいっぱい描かれてきたんですね。

061

まずは、古典的に愛されている絵本から、見ていきましょうか。
逃げるシーンが最高にチャーミング♪ と思うのは、
『アンガスとあひる』です。

知りたがりやの子犬、スコッチテリアのアンガス。
見るもの、かぐもの、なんでも不思議で気になります。
ソファの下、鏡の中の子犬、ズボンつり……
でも一番気になるのは、生垣の向こうの「ガーガー」いう声の正体です。

家のドアがうっかり開けっ放しで、
首の革紐も運よくはずれていた日、
アンガスは、ここぞと家を飛び出して、
ついに、垣根の向こうの2羽のアヒルと出会います。

「ウーウーウーウーウーワン!」

強気にアヒルを追い払ったアンガスでしたが、
アヒルたちが反撃に出ます。

「シーシーシーシーシーシーシュ!!!」

相手は2羽。しかも大きい。くちばしも翼も、大迫力。
必死で家に逃げ帰り、ソファの下に転がり込んだアンガスの
映画を見るようなラスト…うーん、かわいい。

原書は1930年にアメリカで発行されました。
好奇心を追求するアンガスの進行方向と、
逃げ帰る方向、体がのってくるスピード感。
絵本の醍醐味を教えてくれる、珠玉の古典絵本です。

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『アンガスとあひる』
マージョリー・フラック/作・絵 瀬田貞二/訳
福音館書店 本体1100円+税 1974

 

もう1冊、国語の教科書にも載っていた
おなじみの古典絵本、いっちゃいましょう。
1942年初版のロングセラー『ぼくにげちゃうよ』は、
ぼくがママから「にげちゃうよ」な絵本です。

ある日、「いえをでて、どこかへ いってみたく」なった
こうさぎが、かあさんうさぎに言うのです。
「ぼく にげちゃうよ」

すると、かあさんうさぎは、
「おまえが にげたら、かあさんは おいかけますよ。
だって、おまえは とってもかわいい わたしのぼうやだもの」

「かあさんが おいかけてきたら、ぼくは、
おがわの さかなになって、およいでいっちゃうよ」
「おまえが おがわの さかなになるのなら、かあさんは
りょうしになって、おまえを つりあげますよ」

「かあさんが りょうしになったら、ぼくは……」

次々といろんなものに変身して、逃げようとする、ぼく。
なにになっても、追いかけて、子どもをつかえまえようとする、かあさん。

読み手の年齢や立場によって、
愛と安心を感じたり、支配と束縛と受け取ったり、
読み方いろいろな絵本。

どこまでも追ってくるオニから逃げる、言葉のおにごっこと、
あらゆるものにメタモルフォーゼするちょっと不気味な絵を
ドキドキしながら楽しむのが、わたしは好き。

読み聞かせするなら、
かあさんが追っかけてつかまえてくれるのが、
まだまだうれしく安心できる年頃の子に読みたいかな。

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『ぼくにげちゃうよ』
マーガレット・W・ブラウン/文 クレメント・ハード/絵
いわたみみ/訳 ほるぷ出版
本体1000円+税 1976

 

 

日本の「逃げる」は、どんなかな。
赤羽末吉さんの『そら、にげろ』を見てみましょう。
ほとんど文字のない、絵を読む絵本です。

昔々「えっさかほっさか」駆けていた旅人さん。
犬に吠えられて、びっくり。
その拍子に、着物模様の鳥たちが5羽、
服から飛び立ち、逃げ出します。
さあ、たいへん。旅人はむきになって追いかけます。

野越え山越え季節をまたぎ、めくるめく風景のなか
自由に逃げていく千鳥と、追う旅人。
桜に松に富士。雲に波にすすきに月。
伝統的な文様や金箔があしらわれ、
日本画の絵巻を見るようです。

つかまえようとする旅人の顔つきも
次第に変わっていき、
追いかけっこを楽しんでいるような
穏やかな空気に。

「そら、ゆくぞ!」
「そら、にげろ!」

なんとも粋でぜいたくな40ページの
追う旅、逃げる旅。

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『そら、にげろ』
赤羽末吉/作 偕成社
本体1600円+税 1978

 

 

どこの国でも「逃げる」は、だいじ、一大事。
インドに伝わるジャータカの話をもとに
カナダで作られた絵本『にげろ!にげろ?』は、
逃げる動物たちの群像にひきつけられる絵本です。

ヤシの木とマンゴーの森に
とても心配性のノウサギが住んでいました。
「もしも せかいが こわれたら、わたしは いったい どうなるんだろう?」
そんな怖いことを考えながらウトウトしていたとき、
大きな音をたててマンゴーの実が落っこちました。

「せかいが こわれはじめた!」
思い込んだノウサギは、必死で逃げはじめます。

それを見た別のノウサギが
「なんで はしってるの?」
「せかいが こわれはじめたのよ! あんたもにげないと!」
「えー、たいへんだ!」

うわさはどんどん広まって、
1000匹のノウサギ、1000頭のイノシシ、1000頭のシカ、1000頭のトラ…
逃げる逃げる、これでもかという群れの圧巻。
さて、どう収拾つけるのかな?

インドの細密画を思わせる、くっきりした輪郭、
鮮やかな彩色とフレームの装飾が
逃げる動きやスピード感よりも
こっけいでおおげさな数の物語を際立たせています。

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『にげろ!にげろ?』
ジャン・ソーンヒル/再話・絵 青山南/訳
光村教育図書 本体1500円+税 2008

 

最後に、きわめつけの逃げ本、
『みんな にげた』をどうぞ。

森を抜けて、広い野原に出ました。
とんぼを見つけて、つかまえようと思ったら、
「とんぼは するりと にげました
とんぼは にげるのが じょうずです」

次にちょうちょを見つけますが、やっぱり
「ちょうちょは ひらりと にげました
ちょうちょも にげるのが じょうずです」

びっくりするのは、この「逃げる」場面。
逃げている虫たちじゃなくて、
逃げちゃった後の視界なんですよ。
うつろな地面。うつろな空。うつろな気持ち。

みんな逃げちゃったけど、
いろんな虫を見つけた子どもと
その話にあいづちをうつお母さん。
虫や人間がどんな風に描かれているか、いないのか、
ぜひ手にとって見てほしいです。

表紙を見ただけで(裏表紙もすごいのよ)
ため息が出ちゃうような
「あかちゃんとよむえほん」シリーズの1冊。

この抽象度の高さは、読者への信頼の証し。
1970年刊行の前衛的な名作絵本が、昨年復刊されました。
いくつになっても愛読したいな。

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『みんな にげた』
岸田衿子/文 長新太/絵
ひかりのくに 本体850円+税 2016

 


犬もウサギも旅人も、金魚だって逃げちゃう絵本の世界。
昔話でも「三まいのおふだ」とか「かしこいモリー」とか
主人公がうまく逃げて、危機を切り抜けていく話は、
世界中で語り継がれていますね。

『はしれ、上へ! つなみてんでんこ』(指田和/文 伊藤秀男/絵 ポプラ社 2013)など、
2011年以降、危機から逃げなくてはならない絵本も多数、
切実な思いをこめて描かれています。

みなさんの本棚には、どんな「逃げる」があるでしょう?

年度の変わり目は、親子ともストレスがたまりがち。
逃げられるときは逃げる力を発揮して、
時がきたら立ち向かえるような元気をたくわえましょ。
(わたしは、当面花粉から逃げるべく奮闘中ですー)

広松由希子
ひろまつゆきこ/絵本の文、評論、展示、講座や絵本コンペ審査員などで活躍中。
2012-15年ブックスタート選考委員。2013年、2015年BIB国際審査員。著作に絵本『おかえりたまご』(アリス館)、「いまむかしえほん」シリーズ(全11冊 岩崎書店)や 2001~2012年の絵本案内『きょうの絵本 あしたの絵本』、訳書に『はしれ、トト!』(日本絵本賞翻訳絵本賞、いずれも文化出版局)、『ローラとつくる あなたのせかい』(BL出版)など。「MOE」本誌でも、世界の絵本を紹介中。
http://www.y-poche.com/

web連載「広松由希子の今月の絵本」

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